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コラム「体験が動き始めるとき」

  • 執筆者の写真: 世話人
    世話人
  • 8月15日
  • 読了時間: 5分

 この度荒木さんに、SCTの理論と普段の臨床をどのように結び付けているかについてのコラムを書いていただきましたので、ご紹介いたします。




体験が動き始めるとき——SCTを活用するということ——


日本集団精神療法学会認定グループサイコセラピスト 荒木章太郎


 私は1990年代、グループアナリシスをオリエンテーションとする鈴木純一先生の体験グループに参加し、「グループ体験を重ねることによって、グループ理論を真に学ぶことができる」と教わった。以来、数多くの体験グループや臨床実践を通して、私にとってのグループ理解は、「常に体験が先にあり、後から言葉(理論)が追いついてくる」という感覚の連続であった。

 しかし、現在の情報化社会では、体験よりも先に情報が手に入る。生成AIを使えば、抽象的な理論も瞬時に図式化される時代である。私がグループを学び始めた頃は、「頭でっかちにならず、とにかく体験しなさい」と教えられ、理論を体系的に教わる機会は決して多くなかった。理解には時間を要したが、先に積み重ねた体験が身体感覚として残っていたからこそ、後に理論に触れた際、スポンジが水を吸うようにそれが吸収されていく実感があった。

SCTに触れたときの衝撃は、単に新しい知識を得たというものではなかった。

 むしろ、グループの中で感情的な体験を重ねることで自分なりに捉えてきた「目に見えない集団力動」に対し、明晰な言葉と構造が与えられた感覚に近かったのである。


 今回、日本うつ病リワーク協会第9回年次大会で教育講演を行う準備を進める中で、それまで点として存在していた私の体験が一本の線としてつながり始めた。

 それは、「グループマトリックス」という概念を、初めて具体的かつ立体的にイメージできた瞬間でもあった。

 グループマトリックスとは、グループアナリシスを提唱したS. H. フークスが示した核心的概念である。グループのメンバーと治療者(コンダクター)が、それぞれ「結節点(nodal points)」となって織りなす、目に見えない網目状のネットワークを指す。このマトリックスは二層構造で捉えられる。一つは、メンバーが共有する文化的背景や社会規範などの土壌にあたる「基盤マトリックス」。もう一つは、「今、ここ」でのやり取りを通じて絶えず変化する、その集団固有の生きた関係性である「力動的マトリックス」である。

 グループアナリシスの要諦は、個人の症状や悩みを孤立させず、このマトリックスの中に位置づけることにある。そこで、まだ言葉にならない苦痛が「分かち合える言葉」へと翻訳(translation)され、他者とのつながりが回復していくプロセスに治療の核心がある。

 しかし、言葉のみによる説明では、マトリックスは抽象的で捉えにくい。かつてのようにインターネットも生成AIもない時代、私がこの概念を血肉化するには膨大な時間が必要であった。現代は難解な理論へ即座にアクセスできる一方で、それを体験の中で確かめる機会は少なくなっているのではないか。

 このような時代にこそ、SCTの存在意義があるのではないかと思う。なぜならSCTは知識としての理解を超え、感情的な体験の中でグループを学び直すための有効な道具になると考えるからだ。


 2026年のSCA体験グループで、私はそのことを改めて痛感した。私は当初、「胸がザワザワする」という機能的サブグループに属していた。最初は、その「ザワザワ」を状況や理屈で説明しようとしていたが、リーダーから「どんな気持ちか」と問われ続ける中で、好奇心とともに、その違和感の正体が「苛立ち」であることに気づかされた。

 さらに、周囲の「言葉にできない気持ち」を抱えるサブグループの声に耳を傾けるうちに、グループの終結が近づくことへのもどかしさを、自分の言葉として表現することができた。

 これまでの私は、考える前に行動(acting out)することで不安を回避してきたが、その場ではすぐに行動するのではなく、周囲の響きに留まり続けることで、初めて自分の感情を知ることができたのである。この体験は、私にとって大きな発見であった。思考や状況を語ることよりも、「感情を言葉にすること」の方が、グループに豊かな情報をもたらす。感情は個人の内側に閉じたものではなく、グループ全体で共有され、分化し、新たなつながりを生み出す「情報」そのものであった。

 事前に理論を学んでいたからこそ、この体験を単なる個人的な感想に留めず、機能的サブグループやマトリックスの文脈で構造的に捉えることができた。理論があることで体験はより多層的な情報として立ち上がり、体験があることで理論は自分の実践を支える生きた言葉へと変容する。私にとって「SCTを活用する」とは、理論を現場に当てはめることではない。

 「今、ここで起きている感情的な体験」に一度立ち止まり、それをグループで分かち合える情報として扱うこと。そして、その体験を理論の文脈で捉え直し、さらに新たな理論を探究する一歩へとつなげていくことである。

 この視点は、うつ病リワークの臨床現場に直結している。リワークのグループでは、正解や解決を求める力が強く働き、白か黒か、完璧か不完全かという硬い思考に傾きやすい。

 そんな時、メンバーの発言を単なる個人の問題として片付けず、「このグループで何が起き、どのような感情が動いているのか」という情報として扱うことで、正解を探す硬直した場から、体験を分かち合いながら柔軟に考えられるグループへと動き始める。「今、ここ」に立ち止まることで、個人の体験をグループ全体の学びへと昇華させる。

 そのための羅針盤として、私はこれからもSCTの理論を実践に取り入れていきたいと考えている。

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